大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和39年(ヨ)3594号 判決

申請人 柿島満

被申請人 南海電気鉄道株式会社

主文

被申請人は、申請人を被申請人会社営業局事業部事業課みさき公園食堂の調理師として取扱い、且つ申請人に対し昭和三九年一〇月一八日以降同四〇年三月三一日迄一ケ月金二二、〇〇〇円の割合で算出した額の、同年四月一日以降同四一年三月三一日迄一ケ月金二四、三〇〇円の割合で算出した額の、同年四月一日以降毎月二五日限り金二五、九五〇円の各金員を仮りに支払え、

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、(当事者の求める裁判)

申請代理人は主文同旨の判決を求め、被申請代理人らは「申請人の申請を却下する、申請費用は申請人の負担とする」との判決を求めた。

第二、(申請理由)

一、(当事者)

(一)  被申請人(以下会社という)は従業員約九、〇〇〇名を使用して電気鉄道事業及び食堂日用品販売並びにみさき公園その他遊園地の経営を行う会社であり、就中みさき公園は会社の七〇周年記念事業として計画岬町都市計画公園に基づく遊園地として昭和三〇年八月に着工し、同三二年四月竣工同時に開園したものであるが、会社は傍系企業の独立採算制の枠内で労働者に低い労働条件を押しつけ低賃金政策を貫くため開園と同時に傍系会社である申請外観光開発株式会社(以下観光開発という、ちなみに同社の資金関係は一〇〇%会社資本によって占められ、しかも役員はいずれも会社から出向し労務管理権を含む経営指揮権は事実上すべて会社によって掌握されていた)を設立しそれに経営を委任しその経営に当らせていたが、同三九年二月一六日右経営委任を解約し以降会社において直接経営(以下直営という)を担当することになつたものである。

(二)  申請人は昭和二八年中学を卒業すると同時に大阪市南区難波新地所在の申請外食堂楽亭(以下楽亭という)に調理師見習として勤務し申請外西野捨松(以下西野という)の指導の下に洋食調理の見習にはげんでいたところ、同三二年三月二〇日観光開発が設立されるに際し同社支配人申請外永野悦二に懇請されその頃西野らとともに同社にみさき公園の食堂調理師として入社し、同三九年二月同公園が会社によつて直営されることになつた際会社は申請人・観光開発間の雇傭契約を承継したからそれ以降申請人は会社営業局事業部事業課みさき公園調理師として勤務し、後記配置転換の意思表示を受けた当時毎月二五日限り二二、〇〇〇円の賃金を支払われていた(その後同四〇年四月一日付で二四、三〇〇円に、同四一年四月一日付で二五、九五〇円にそれぞれ昇給された)

二、(配置換え)

会社は同三九年八月二六日、申請人に対し同月二五日付で「住ノ江保線区保線工手を命ずる」旨の配置転換の意思表示をした(以下本件配転という)。

三、(配転無効)

しかしながら、本件配転は次の理由によりいずれも無効である。

(一)  (雇傭契約違反)

従業員の特定の経験と技能が特定の職種との関係で労働契約の内容となつている場合には従業員の明示若しくは黙示の同意がある場合ならともかくしからざる場合には使用者の一方的な事情都合等により一方的主観により労働契約の内容に変更を及ぼすが如き配置換は契約に反するものと解するのが相当であるところ、申請人は前記一の(二)で述べたような経過で観光開発に入社したものであるが、同社はみさき公園を開園するについて同時に園内に食堂を設置する計画をたてその調理担当者を物色していたところ西野及び申請人らに白羽の矢がたてられその結果同人らは調理師という職種を定めて雇傭契約を締結したものである、それが証拠に申請人らは一般の応募者と同じように採用試験を受けたがこれは形式的なものにすぎず採用されることは以前から内定していたし賃金も他の応募者と異り楽亭のときのそれを基礎として定められ又同三六年四月二二日には同社の費用で調理師免許を取得した、仮りに調理師の業務に従事することを雇傭契約の内容とすることを明示していなかつたとしても申請人は入社以後終始同公園の食堂において調理師として稼働して来たものであるから右事実が雇傭契約の内容に高められたものでそして会社は同公園を直営にするに際し観光開発の雇傭契約上の地位を承継したから会社・申請人間には右と同じ内容の雇傭契約が存在する、更に仮りに直営時に申請人と会社との間に新規の雇傭契約が締結され申請人が会社に経営手として採用されたものであるとしてもこれはみさき公園に勤務する者に妥当するような職名がなかつたため暫定的措置として附せられたものにすぎず、現に配置換を希望した者以外は観光開発当時の仕事にそのまま従事して来たものであるから会社は申請人を調理師として雇傭したものといわざるを得ない、しかるに会社は申請人の同意を得なかつたばかりかその意向を打診しようともせず同三九年八月二六日突然申請人を本社四階会議室に招き勤労部人事課長を通じ「降職処分を受けて現在の職場に居ずらいであろうから気分一新のため配転に応じてくれ」と一方的に本件配転を申し渡したが、これは申請人の同意を得ないで雇傭契約の内容を変更するものであるから無効である。

(二)  (人事権の濫用)

本件配転当時同公園食堂には調理担当者として西野料理長、申請人、申請人と同じ程度の経験を有する者一名、未だ経験の浅い者一名の計四名の者がいるにすぎなかつたから多忙期を向え減員する必要はもうとうなかつたし本件配転後一名補充しているばかりか保線工手の職種は軌道枕木軌条の取換等軌道の修理保全を内容とするもので一定の技術者の下において主として体力を要する肉体労働であり申請人が右業務につくときは一〇日間の基礎講習一年間の見習からはじめなければならずこれは申請人が八年間築きあげた技能経験を抹殺し同人に苦痛を与えるばかりであるから明かに人事権を濫用するもので無効である。

(三)  (労働協約違反)

会社と申請外南海電気鉄道労働組合(以下組合という)との間に締結され効力を有する労働協約一五条によれば、会社が組合役員又は組合委員の資格に影響を及ぼすような異動を行う場合には組合の同意を得ることになつているが、同公園が直営になるに際し観光開発の従業員で組織していた観光開発労働組合(以下観光労組という)は解散し、同組合組合員らは一括して組合に加入したが次の組合大会において同公園から組合役員を選出する迄の過渡的措置として同公園に勤務する組合員の代表者をも組合運営に参画させる趣旨から組合において特別中央委員(組合中央委員会に出席し発言しうるが議決権はないもの)を設け申請人が右特別中央委員に選任されたのであるから右協約の規定によれば会社は本件配転を命ずるに先だち組合の同意を得なければならないのにかゝわらず同意を得ていないから無効である。

(四)  (不当労働行為)

1 (観光労組及び申請人の地位)

(1) 観光労組は同三四年四月一八日結成されたがいち早く同月二一日観光開発に対し〈1〉会社従業員との賃金格差の撤廃、〈2〉労働条件の遵守、〈3〉チエツクオフの承認、〈4〉永年勤続臨時社員の本社員登用からなる四項目の要求を出しその後八回にわたる団体交渉の末一律一、二五〇円の賃上等ほぼ全要求事項を承認させたことをはじめ同年末頃には労働協約を締結し、同三七、八年の春闘の際にも組合結成以来はじめての二四時間ストを決行し大手私鉄と同額の賃金引上を獲得し同年秋の労働協約改定闘争でもはなばなしい成果をおさめた。

(2) 同組合は対内的にも体制強化につとめ、同三五年には安保条約反対闘争の全国的高まりの中で学習会の開催街頭における署名の募集カンパ活動に同三六年には政暴法反対闘争の中で学習会署名運動、デモ等の大衆闘争参加、傍系会社従業員らとの共闘体制の確立等に取り組み組合員の意識、団結の向上につとめた、このようにして同労組は階級的民主的組合として発展した。

(3) 他方申請人は同労組結成と同時に書記長に就任したのをはじめ、同三六年七月以降執行委員組織部長、同年一一月以降職場委員、同三八年七月以降同労組が解散する迄書記長の各役職につき終始同労組の活動運営を指導したばかりか、直営問題が持ちあがつてからは南海資本の目的を暴露し労働条件労働権の維持のため積極的に活動した。

2 (直営後の組合活動)

組合加入後は前記のとおり特別中央委員に、同三九年八月には職場委員にそれぞれ選任された。

3 (会社の反組合活動)

会社は観光労組が結成されるやその破壊を意図し、

(1) 同三四年四月一八日同労組に対し労使協調路線を押しつけ、組合の丸抱を企図し、会社本社から元組合出身の申請外村橋某、同木村某、同増田某を、観光開発に労務担当役員として出向させ同労組対策にあたらせた。

(2) 会社の意図を体得した右労務担当者らは申請人の指導する歌声サークル及びその参加者らをアカ呼ばわりし誹謗中傷した。

(3) 同三六年観光労組の労働協約改訂要求に対し低賃金政策を維持すべく平和条項、安定賃金制をもつて回答したがこれが不成功とみるや、同組合員に対し執行部はアカだからこれら組合指導部と交渉しても解決できないなどと宣伝煽動し、そればかりか執行部のてんぷくを企図し百数拾万円を消費して同組合員らを料亭に連れ出して買収し、組合臨時大会開催要求書なるものをデツチあげて臨時大会を開催せしめ同大会において買収された組合員をして執行部不信任の動議を出させ申請人ら役員の解任に成功した。

(4) 同三六年一二月中旬頃、観光労組執行委員長岡保正、同副委員長上原清らに対し、同人らが同公園内に客が廃棄した空ビン等の廃品を処分して得た金で菓子等を買い求め臨時職員らと慰労会を行つたことを理由に懲戒解雇の意思表示をしたが、その不当なことは明かで後日右意思表示は撤回された。

(5) 右懲戒解雇に際し申請人を解雇すべく当時同公園食堂に勤務していた女子従業員の家庭を訪問し解雇事由のデツチあげに奔走したが協力を得られず失敗した。

(6) (4)(5)の失敗にあきたらずあくまでも申請人ら組合活動家の社外追放を意図し、申請人ら一一名の者の写真を泉南警察署に提示してその思想行動の調査を依頼した。

(7) 同三九年二月前記のように同公園は会社の直営するところとなつたが会社がその理由とするような都市公園法五条の規定から継続して許可を得ることができないという事実はなく、仮りに継続して許可が得られないとしても許可はなお同四二年まで有効であるから同時期において直営化する必要はなかつたものでその真のねらいは観光労組を解散させ同組合員らを組合に組み込むことによつてその階級制を骨抜きにすることにあつた。

(8) 直営後間もない頃会社は旧観光労組執行委員らに対し直営化問題解決のための労をねぎらうためと称して金四万円を提供し白浜温泉で慰労するよう申し出た、しかし申請人は右申し出を断つた。

(9) 同年六月同公園庶務主任は申請人及び組合第四分会長に対し折り入つて話し合いたいから白浜温泉に行こうとさそつたが申請人は右申し入れを断つた。

(10) 同年八月組合役員選挙の際同公園に勤務する組合員らの間では申請人を中央委員に推すことに決定していたところ会社は申請人を落選させるため対立候補をたてさせた、申請人らは右会社の攻撃に対しその対策を検討するため同年七月二日正午から職場委員会を開いたが偶々勤務時間にくい込む結果となるやそれを理由に申請人を懲戒解雇しようとしたが、その不当なことは明かで結局懲罰委員会では降職処分になつたにとどまり失敗に終つた。

以上本件配転は組合活動家の申請人を嫌悪し社外に追放すべく種々画策したがいずれも失敗した会社が申請人を同公園の食堂から経験のない保線区に追放し、自ら退職することを期待して強いては同公園の組合の組織力を弱めるためになされたもので労働組合法七条の不当労働行為を構成する。

四、(仮処分の必要性)

以上本件配転はいずれの理由によつても無効であるから申請人は右命令を拒否するとともに会社を相手取り申請人が会社営業局事業部事業課みさき公園食堂の従業員たる地位を有することの確認を求める本案訴訟を提起すべく準備中であるが、会社は申請人を住ノ江保線区の従業員として取扱い申請人が右公園に勤務することを阻止し、同年一〇月一八日以降の賃金を支払わないばかりか、申請人があくまで右命令を拒否しつづける場合、業務命令違反で解雇するおそれがある、よつて現在の危険をさけるため本件仮処分申請に及ぶ。

第三、(会社の答弁及び主張)

一、申請理由一の(一)の事実中会社の業務内容、同公園が会社の七〇周年記念事業として計画され岬町都市計画公園に基づき遊園地として主張の頃着工し、主張の頃竣工したこと、その頃より観光開発に経営を委任していたこと及び主張の頃経営委任を解除し会社の直接経営するところとなつたことは認めるがその余の事実は否認する。観光開発の役員や管理職が会社の出向社員によつて当られていたのは同社が発足直後直ちに適任者を見出しがたかつたという事情によるもので他意はない。

同(二)の事実中、申請人が中学卒業と同時に楽亭に入り西野のもとで調理見習をしていたこと、主張の頃観光開発に入社し主として調理の仕事に従事していたこと、本件配転当時主張の日に二二、〇〇〇円の賃金の支払を受けていたこと及びその後の昇給額が主張のとおりであることは認めるがその余の事実は否認する。観光開発は申請人を営業課勤務の辞令で採用したもので調理師として採用したものではない、又直営化に際し会社は申請人を労働条件は会社の就業規則労働協約のそれによるものとし経営手として新規に採用したものである。

同二の事実は認める。

同三の主張は争う。

同三の(一)の事実中申請人が主張の頃調理師免許を取得したこと、主張の頃申請人の同意を得ることなく主張の理由で本件配転の意思表示をなしたことは認めるがその余の主張並びに事実は否認する。

同(二)の事実中同公園食堂には主張の四名の者が調理の仕事に従事していたこと、本件配転後一名補充したことは認めるがその余の事実は否認する。

同(三)の事実中、会社と組合の間に主張のような条項を含む労働協約があること本件配転に先だち組合の同意を得なかつたことは認めるがその余の事実は否認する。

同(四)の1の(1)ないし(3)の事実は知らない。

同(四)の2の事実は否認する。

同(四)の3の(1)ないし(6)の事実は知らない、(7)ないし(9)の事実は否認する、(7)については同公園の経営形式が都市公園法に違反する旨監督官庁から指摘されすみやかに是正するよう勧告されていた同四二年の有効期間満了まで放置するときは再度許可されないおそれがあつたから直営にふみ切つたものである。(10)の事実中主張の頃勤務時間にくい込む職場委員会が開かれたこと及び申請人が降職処分を受けたことは認めるがその余の事実は否認する。

同四の事実中、会社が申請人関係の出勤簿等を住ノ江保線区に移し同人を同保線区従業員として取扱つていること、申請人が本件配転の無効を主張し同職場の業務に従事することを拒否していること、主張の日以降の賃金の支払をしていないことは認めるがその余の事実は否認する。申請人は欠勤届を出し自らの意思により欠勤しているものであるところ事故欠勤の場合に賃金が支払われないことは労働協約等によつて明かで申請人もよく熟知しているところである。

二、(本件配転の理由)

申請人は会社に入社以来勤務成績悪く上長に反抗し作業を怠り職場を放棄する等従業員としての義務に反する行為を繰り返し職場の秩序を著しく乱し、更に同三九年七月二日就業時間中に無届の職場集会を開き観光リフトの運転を停止させるという事態を惹起した、そこで会社は同人の上司である申請外南出政治みさき公園長、同庶務主任貴志常桶、同営業主任木村和市らを減給処分に、同事業部事業課長宇治田久弥を戒告処分に付した、他方申請人に対しては、同人の右諸事実を理由に懲戒処分に付すべく同人に対する懲戒委員会の開催を申し入れたところ同委員会では同年八月一七日同人を降職処分に付するのを相当とする旨の決議をした、そこで会社は右決議にもとづき同人を降職処分(三級社員から準社員とする)にするとともに右諸事実は同人の現職場に対する不適格のあらわれであり又同職場内の現在及び将来の人間関係を円満にし気分一新をはかるため同人らの配置換を決定し、同人の新しい職場については種々検討したところ同人を経営手のままで稼働させることは同人の性格から、同人の職階内のもの特に電気工事、車輛工手等特殊の技術を要するものについては同人の最終学歴が中学卒であることから、駅務係駅手は接客面が大切であるという事からそれぞれ不適当であり、他方住ノ江保線区保線工手に配置換した場合昇進その他の待遇は経営手に比べて有利であるとの判断から本件配転を命じた、そして同人の直接の上司である営業主任木村和市を中モズ運動場に配置換した。

以上のとおり本件配転は通常の人事異動と同じく本人の適性と経営上の必要から綜合的に判断されてなされたもので決して不当なものではない。

三、申請人は本件配転に対し労働協約一一一条による苦情処理の申告をなしたところ、同委員会では同年九月二四日付をもつて本件配転は不当なものでない旨裁定し同人に通知した。同協約一三二条の規定によれば「会社、組合、苦情処理申告者及び異議申立者は裁定を忠実に履行しなければならない」旨規定しているところ、同人は右裁定に従わないばかりか同月二八日付でなされた組合執行委員長平四郎の本件配転に従うようにとの勧告をも無視している、これは明かに同協約に違反するものである。

第四、(会社主張に対する申請人の答弁)

本件配転の理由中、同三九年七月二日正午(休憩時間)から職場委員会を開いたところ偶々就業時間(午後一時から)にくい込む結果となつたこと、会社から主張の頃懲戒委員会の開催の申し入れがありその結果主張の頃同委員会において主張のような決議がなされたことは認めるがその余の事実は否認する。

(疎明省略)

理由

第一、(争いのない事実)

会社が従業員約九、〇〇〇名を使用して電気鉄道事業、食堂、日用品販売並びにみさき公園その他遊園地の経営を行う会社であること、同公園が会社の七〇周年記念事業として計画され岬町都市計画公園に基づく遊園地として昭和三〇年着工し同三二年四月竣工し同時に開園されたこと、会社は自ら同公園の経営に当ることなく観光開発にその経営を委任していたこと、同三九年二月一六日会社観光開発間で経営委任契約が合意解約され以来会社が自ら経営して来たこと、会社が本件配転の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

第二、会社は本件配転は申請人の適性と経営上の必要を綜合的に判断してなされた通常の人事異動で何ら不当なものではないと主張し、申請人において人事権の濫用であると抗争するので、まずこの点について判断する。

一、(本件配転に至つた経緯)

成立に争いのない乙八号証の一、二、同一四号証、証人石本和平(二回)の証言により成立の認められる乙二三号証の一ないし五、証人石本和平(一、二回)、同宇治田久弥、同中谷種治(一、二回)、同南出政治、申請本人尋問(一回)を綜合すると、申請人はみさき公園が会社の直営するところとなつた後も観光開発、観光労組間の労使慣行をたてに改札係であつた申請外二見某を同公園食堂従業員に配置換するに際し組合の同意を得ていないと抗議したり、風雨により倒れたユーカリの復元作業を経営手に命じた会社の措置に対し反対したり、勤務時間中に職場を離脱することがしばしばあつたため概して同公園における上司と感情的対立があつたところ、同三九年七月二日正午頃近く行われる組合役員選挙に対処するため申請人は同公園内の各職場の代表者を招聘して連絡会議を開いたが午後一時からの就業時間に約五〇分食込む結果となつたこと、その間観光リフトの運転が休止するところとなり一般客の間から苦情が出たこと(以下リフト事件という)、会社では右就業時間中の連絡会議及びリフト事件は申請人の指導によるものと判断し、それに申請人の日頃の勤務態度の不良、上司に対する反抗、職場離脱、組合役員の地位を利用して他の従業員を扇動して上長の作業命令を麻痺させることを企て営業成績の低下をはかる等の業務外の行為があつたとしてその責任を追及すべく同月一四日懲戒委員会の開催を申し入れるとともに同人を懲戒解雇処分に付すべく主張したこと、同委員会では調査の結果同年八月一七日同人を降職処分(三級社員から準社員に)に付するのが相当である旨の決議がなされたこと、それより以前会社では従業員を降職処分に付した場合には原則として配置転換を行う慣行であつたこと、会社では右慣行に従い右降職処分の直後申請人に対し同人が右処分を受けたこと自体が職場えの不適応性の顕れであること現職場に引続き勤務することは人間関係の円滑性を阻害すること同人の気分の一新をはかる必要のあること等を理由に本件配転をしたことが疎明される。

二、(申請人の経歴)

成立に争いのない甲二、一二号証、申請本人尋問の結果成立の認められる甲三号証、証人木村博義の証言により成立の認められる甲七号証証人西野捨松、同杉沢伸也の証言(但し後記採用しない部分を除く)、申請本人尋問の結果を綜合すると、調理師の世界では数ケ所の料理専門店においてそれぞれ専用の料理をマスターしてはじめて一人前の調理師として処遇されるものであるところ、申請人は同二八年中学校を卒業すると将来調理師として身をたてることを志し、まず申請外西野が料理長をしていたグリル楽亨に入り以来四年間同所において同人の指導のもとに主として洋食調理の見習をしていたが、同三二年二月頃、会社七〇周年事業の一として観光開発が設立され、みさき公園の経営に当るに際し後に同社の支配人についで専務取締役になつた人で当時会社株式課長をしていた申請外永野悦三が右西野をみさき公園食堂の責任者として招聘したのに伴い申請人は同年三月二〇日右西野とともに観光開発に入り以来同食堂で調理師として勤めその間調理師の講習を受け調理師の資格を取得した、同三九年二月一六日今まで観光開発に委託して行つていた同公園の経営を解除して会社が自らの手によつて行うようになつてからは成程会社には調理師なる職名はなかつたので正式の職名は経営手として採用されたが、経営手としての本来の業務内容は場内諸施設の整備作業、動植物の育成の監視、場内の警戒監視、機械器具の運用手入等であつて調理は含まれておらず、右処遇は観光開発と会社の営業内容が異なるにかかわらず、さしあたつてとりあえず前者の従業員を後者の職務体系にそのまま繰り入れたことの不合理から生じた便宜的なものでその実際の姿は観光開発の従業員は幹部を除き殆んど従来と同じ条件で会社に雇傭されることとなつたのに伴い申請人も引続き同食堂で調理の業務に従事して来たことが疎明される。

三、(新職場の業務内容)

成立に争いのない乙一二号証、甲二二号証、証人遠島隆臣の証言を綜合すると、線路工手はレールの交換、道床交換、枕木取替等鉄道線路を物理的に保安することを職務内容とし、強い体力と忍耐力を要求されること、同職場は離職者が多く年に数回にわたり従業員の補充を行つていること、同職場で体力的限界に来た場合の配転先は倉庫の守衛、土木作業、中モズの経営手(除草、ボール拾い)等であること、同職場に新規に入つた場合には更に一〇日間の基本動作の講習及び一年間の見習を経なければならないことが疎明される。

四、降職処分に付した場合にそれに伴い配置換を行つたことは前記認定のとおりであるがこれとて無制限に認められるものではない、証人中谷種治、同木村博義の証言によつて疎明される営業所勤務者を整備工に、踏切警手を経営手に、自動車運転手を修理工にそれぞれ配転した例はそれなりに合理的根拠がありその態様も不当とは認められないが前記一二三認定の事実関係に基づき本件配転をみるに、西野が言うように申請人の調理師としての技術は客観的にみる場合甚だ未熟で未だ一人前の調理師として物足りないとしても同人は一〇余年の間調理一筋に打込み主観的には調理の技術者をもつて任じていることは無理からぬところであり、調理の職種が労働契約の内容となつているか否かにかかわりなく申請人にとつては調理以外の職種に就くことはまして全然職種を異にし一般的に希望者の少い、どちらかといえば嫌悪するものと思われる線路工手にその意に反し配転することは申請人にとつては大なる苦痛を与えその及ぼす影響は前記認定した配転例の比ではないばかりか、過去の経験を水泡に帰せしめるもので著しく不利益を与えるものであるといわなければならない、これにひきかえ証人中谷種治(二回)同森田正基の証言によつて疎明されるところの本件配転に対する会社の配慮は就中食堂関係に対するそれは狭山遊園内食堂は同三九年の直営以来業務も軌道にのつていること、中モズ事業所のそれは会社高野線沿線の者が勤務していること、友ケ島事業所のそれは本件配転の直前に人事異動したばかりであること、淡輪公園のそれはあまり近くで配転にならないことからそれぞれの部所に配転することは出来ないというにあるが、右程度では未だ適正な配慮がなされたと認めるに足らず他に本件配転を必要とする事情は認められない。そうだとすれば本件配転は事実上の解雇に等しく配転に名をかりた解雇であり会社に与えられている労働の態様決定権の範囲を逸脱するものであり又降職処分にとどめんとした前記懲戒委員会の決議の趣旨にも反し二重の制裁を与えるもので人事権を濫用するものといわざるを得ない、申請人のこの点の主張は理由がある。

第三、なお会社は申請人の本件配転拒否は苦情処理委員会の裁定に反し会社組合間に締結され効力を有する労働協約に違反するものであると主張し、成立に争いのない乙九号証同一四号証によれば会社主張の条項並びに裁定がなされたことが疎明されるが本件配転の不当性は苦情処理委員会の承認によつて治癒されるものでないばかりか、右労働協約の条項は配転を受けた者がその無効を訴求することを制限しうるものではないと解するのが相当であるから会社のこの点の主張は理由がない。

第四、以上の説示のとおり本件配転は人事権の濫用にわたるもので無効であり、申請人は会社営業局事業部事業課みさき公園食堂の調理師たる地位を有するものであるところ(経営手たる職名が便宜的なものであること前記のとおり)申請人が本件配転を拒絶し他方会社は申請人を住ノ江保線区の従業員として取扱い同人が同公園食堂に勤務することを拒絶していること、同年一〇月一八日以降賃金が支払われていないこと、本件配転当時の申請人の賃金が月額二二、〇〇〇円であつたこと、その後同四〇年四月一日付で二四、三〇〇円に、更に同四一年四月一日付で二五、九五〇円にそれぞれ昇給されていること、賃金の支払日が毎月二五日であることは当事者間に争いがなく申請人が賃金労働者であることは弁論の全趣旨により明かであるから(申請人が三九年一〇月一八日以降欠勤届を会社に提出していることは同人において明かに争わないところであるが右届は従来の職場での就労を拒否されていること本件配転拒否を継続するとき解雇をもつてのぞまれることを慮つてなされたもので必ずしも本心にかなつたものでないことがうかがえるから右行為の故をもつて賃金請求権は消滅するものと解することはできない)本件仮処分は理由がある、よつて保証をたてしめずこれを認容することとし申請費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 入江教夫 小北陽三 近藤寿夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例